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コーヒーのアンフェアな取引

かつては石油に次ぎ世界で2番目に多く取引されていたり、現在でも1日に約20億杯も飲まれているコーヒー。
世界70か国以上で生産され、経済規模はとても大きいです。
しかし農作物であるがゆえに起こる取引上の問題が、長きにわたり続いています。

(1)コーヒー豆は農作物

コーヒーのおいしさを決定する70%の要素が「コーヒー豆の品質」です。
コーヒー豆は育てるのが難しく、4つの条件(雨、気温、日当たり、土質)がそろった場所でないと上手く育ちません。

この条件に当てはまるのが北回帰線と南回帰線の間、通称「コーヒーベルト」です。
コーヒーベルトに位置する70か国以上の農園で、ロブスタ種やアラビカ種などのコーヒーノキの栽培と果実の収穫が行われます(農園によっては精選も行うところもあります)。

もちろん産地や品種によって風味の特徴は異なりますが、農園によっても品質に差が出ます。
日照など生育環境の違いや、農園主のコーヒー生産に対する取り組み方の差異によるものです。

また、コーヒーは「生産→収穫→選別→精選(脱肉・水洗・乾燥など)→保管→焙煎→抽出」の1つ1つの過程において、どの方法を選択するかで風味が変動します。
例えば、精選の過程において、果肉を剝いてから乾燥させる(ウォッシュド)か、あるいは果肉を残したまま乾燥させる(ナチュラル)かで、香りや味わいが大きく変化します。

様々な要素の差異によって、色々な表情を見せる。

これはコーヒーが農作物であるからこそ。

カフェイン以上に、この魅力が世界中の人を虜にしているかもしれません。

(2)先物取引への「NO」

さて、コーヒー豆の値段は誰が決めるのでしょう?

長きにわたり、コーヒー豆は先物取引で価格が決められてきました。

ロブスタ種(主にインスタントコーヒーや缶コーヒーに使用)はロンドン国際金融先物取引所で、アラビカ種(主にレギュラーコーヒーとして使用)はニューヨーク商品取引所で売買されています。

コーヒー豆の生産は気候の影響を受けます。そのため、通常の取引をしようとすると価格変動が大きく不安定な取引となってしまいます。これを解決するために、前もって売買の価格を決めておく先物取引市場で取引をし、価格と供給の安定を図っています。

しかしながら問題が生じてきました。

消費国による「買い叩き」とヘッジファンドによる「投機」です。

コーヒーの生産国と消費国には大きな格差があり、弱い立場にある生産国は豆の品質や生産コストを無視した不当な価格でコーヒーを買い取られる事案が少なくありません。さらに農家を苦しめるのは、市場価格の「暴騰と暴落」という問題です。
価格の大きな流動の一因はヘッジファンドによる「投機」です。基本的に市場価格は需要と供給のバランスによって決定されますが、先物取引の性質上、利益目的の売買が行われます。そのため極端な価格の暴騰と暴落が起き、農家の生活が不安定になるのです。

そのような現状の中でコーヒー農家は利益を上げようとし、結果として次のような事態を招いています。

①労働者の低賃金化
・人件費を浮かせるために低賃金で労働者を雇う。
 →労働意欲や労働者の生活水準が低下し、貧困につながる。

②品質の低下
・農薬を大量散布する。
 →労働者にも消費者にも健康被害が発生する。

・未完熟の実を収穫する。
 →コーヒーに「渋み」や「えぐみ」が出る。

③土壌環境の破壊
・収穫面積を増やすために、日陰を作る高い木を伐採するなど単一栽培を行う。
 →土壌がやせ、作物が育ちにくくなったり、多様な生物の生存が困難になる。

④廃業
・上記①〜③要因が重なり、コーヒー生産が困難になる。 

現在、この負のスパイラルを「持続可能なコーヒー生産」へと転換するため、先物取引に対して「NO」を表明する農園や消費者が増えてきています。

(3)フェアトレードとダイレクトトレード

公正な取引を行い、持続可能なコーヒー生産を行うために導入されたのが「フェアトレード」と「ダイレクトトレード」です。

フェアトレードとは
貧困のない公正な社会をつくるために、途上国の製品や商品を適正価格で継続的に購入することを通じ、生産者や労働者の生活改善や自立を図ることを目標の第一に掲げた運動。1964年に開催されたUNCTADで貿易システムを平等にする解決策が提案される。1970年以降にはじめてコーヒーもオルタナティブ・トレード商品として取引される。1985年から「フェアトレード」という呼称が普及。
「国際フェアトレード基準」は国際フェアトレードラベル機構によって3原則(経済的・社会的・環境的)をもとに設定される。
生産者やトレーダーは基準に従って生産・取引を行う必要がある。

◎対象:主に生産組合とトレーダー(輸入組織・卸組織など)
◎取引最低価格(アラビカ・ウォッシュドの場合):140USセント/ポンド(約153円/約454g)が保証されている。
◎品質:保証されていない

ダイレクトトレードとは
農家直送。生産者から仲介業者を通さずに直接取引を行う仕組みのこと。
そうすることで生産者に直接お金が渡り、製品と情報がダイレクトに届く。直接現地の農園に行き買い付ける方法や、国際品評会に出品されたコーヒー豆をインターネット経由で落札する「国際オークション」もダイレクトトレードの一種。国際品評会に出品されると、国際審査員による「カッピング(味の鑑定)」がされ、点数とグレードが決められる。
2004年、パナマの「エスメラルダ農園」から出品されたゲイシャ種(アラビカ種の1つ)のコーヒー豆が1ポンドあたり21ドル(約2,300円/454g)で落札された。当時の最高落札価格を記録したことから、国際オークションへの注目が一気に高まった。

◎対象:農園とトレーダー(輸入組織、卸組織、小売業者など)
◎取引最低価格:なし
◎品質:取引時に直接確認したり、品評会での評価で確認する

「ダイレクトトレード」がメインのスペシャルティコーヒー市場も好調で、2021年2月にREPORTOCEANが発行したレポートによると、世界のスペシャルティコーヒー市場は2026年までに825.7億ドルに達すると予想されており、2019-2026年の年平均成長率は9.4%になります。

SDGsなど持続可能な社会をめざすことが世界のトレンドである近年、消費者の意識や行動も変化しており、コーヒーの味そのもの以上に、「フェアトレード」や「ダイレクトトレード」を介して、社会的・文化的な「価値」も付帯されていることがコーヒー選びの基準の1つになっていると考えられます。

(4)3つの取引方法のメリット・デメリット

「フェアトレード」と「ダイレクトトレード」は年々増加しており、農園にとって値打ちがあるように感じます。
しかし、「先物取引」から完全に置き換わることは可能なのでしょうか。改めて3つの取引方法のメリット・デメリットを比較してみます。

先物取引

【メリット】
 ・コーヒー豆の価格交渉をした時点から実際に出荷するまでの間に価格が変動してしまうリスクを回避することができる。
 ・先物取引を利用しているのが大手商社であるため出荷数が安定し、収入も保証される。
 ・低品質でも同じ価格で販売できる。

 ◎消費者目線:いつでも安定的に安価なコーヒーが飲める。

【デメリット】
 ・生産コストを無視した不当な値付けがされやすい。
 ・高品質な豆を生産しても、それに応じた値付けがされない。
 ・貧困や土壌環境の破壊を招く危険性をはらんでいる。

 ◎消費者目線:どこでどんな風に作られたコーヒーなのか分からない。

フェアトレード

【メリット】
 ・最低取引価格が保証されている。
 ・個々の小規模農家がまとまり協働で生産者組合を作ることで、メンバー全員で生産能力を高める取組みができる。
 ・市場と直接つながり、交渉力を身につけ、組織を発展させることができる。
 ・1ポンドあたり20USセントのプレミアム(奨励金)が輸入業者から生産者組合に保証される。

 ◎消費者目線:買う、飲むことで生産者の発展に寄与できる。

【デメリット】
 ・フェアトレードの認証を受け、登録を維持するには一定の費用がかかる。
 ・最低価格が保証されているがゆえに、品質を気にしない農家も存在する。
 ・生産組合にも搾取構造があり、末端農家に適切な価格が提供されていない可能性もある。

 ◎消費者目線:値段が高いわりに美味しくないコーヒーもある。

ダイレクトトレード

【メリット】
 ・良い品質の豆を収穫できれば高収入を得られる。
 ・購入者のリクエストに応じた生産が可能になり、苗代や人件費、肥料費などをコーヒー豆の価格に反映させることができる。
 ・農園経営を自立、発展させるチャンスがある。

 ◎消費者目線:質のよいコーヒーとともに産地・生産過程の情報が手に入る。

【デメリット】
 ・気候により収穫量・品質が変化し、収入が不安定になる。
 ・取引先が事業縮小・倒産をすれば、利益が減少あるいはゼロになる可能性がある。
 ・自らが販売先を確保しなければならない。

 ◎消費者目線:いつも変わらない味を求めることは難しい。カッピングで高評価を得たものが必ずしも好みの味であるとは限らない。

 

以上、3つの取引方法を比べると、それぞれの利点・欠点が見えてきました。
もしかしたらフェアトレードやダイレクトトレードは、利用できる農家を選ぶかもしれません。どちらも先物取引の時は誰かがやってくれていた業務を担う必要があり、それをするためには勉強や労力が必要だからです。強い意志と周囲のサポートがなければスタートすることも、継続することも困難でしょう。このため、多くの生産者が我慢をしながらも先物取引に頼っている状況にあるのだと推測できます。

どんな農家も容易に参加でき、売り先の確保と公正な価格で取引ができるプラットフォームがこれを解決するのではないでしょうか。

(5)さぁ、どんなコーヒーを飲もう

手軽に飲めるコーヒー、品質の良いコーヒー、環境に配慮されたコーヒー、雰囲気のいい店で飲むコーヒー、生産者の顔が分かるコーヒー、淹れてくれる人が素敵なコーヒー、誰かと会話をしながら飲むコーヒー、好きなスポーツ選手の出身国のコーヒー。

最近、ブロックチェーン技術を利用してコーヒーのサプライチェーン管理ができるアプリが登場しました。豆の品質や産地情報の追跡はもちろん、アプリ内から生産者へチップを送ることもできるそうです。豆の品質にかかわらず、「美味しいなぁ」と思ったときにコーヒー豆を提供してくれた生産者へ感謝の気持ちを送金できるのです。

消費とは投票であり、投資です。

どんなコーヒーに投票し、投資をしますか?

その投票・投資で、一体誰が得をするのでしょうか?